「慶応義塾高等学校の歌」自筆譜の寄贈

東急東横線日吉駅を降りて東側に出ると、そこはもう慶応義塾のスペースが大きく広がっています。ダラダラ坂の銀杏並木を登りつめて開けた右側にいかにも昭和初期に作られたようないかめしい建物があります。この建物が今回お邪魔した「慶応義塾高等学校」です。正面玄関はさらに右奥に入ったところにあります。

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慶応義塾高等学校校舎(右側は正面玄関)

実は先般オールKMCの練習の際この校舎をお借りしたのですが、「ここの学校の歌は服部正が作ったのだ!」という事を殆ど失念しており、「自筆譜贈呈」対象先という事をその時に気付いたというお粗末な話でした。
しかも自分の母校であり、あまりにも存在が近すぎたため逆に他校ばかり気にしてしまっていました。塾高(慶応関係者はこう呼ぶことが多いです。)の幹部の方々、大変失礼いたしました。

この「学校の歌」というのがミソであり、正式には「校歌」ではないのです。
最近この学校は日本で一番競争の激しい神奈川県の高校野球で時々甲子園に行っているぐらい野球部のレベルが高いのですが、甲子園で勝ったときに流れる校歌は、オール慶応の校歌とも言われる「塾歌」であり、この「学校の歌」ではない、という非常に微妙な立ち位置の曲になります。1968年に塾高創立20周年を迎えた時、たまたま当時の校長が慶応義塾マンドリンクラブ出身で服部正と非常に懇意にして頂いた千種先生という方で、「ぜひ高校の歌を作ってほしい」という要請を受け作曲しました。作詞は村野四郎先生で、この歌を作るときに関係者で話しあい「様々な学校の校歌は2番とか3番はあっても歌わない事が多いので、この曲は長い1番だけの曲にしよう。」との奇想天外な発想のもとで作られました。普通は1番だけでは1分弱程度なのですが、この曲は1分40秒かかっています。

当日はたまたま今回の寄贈の段取りをお取りいただいた本校の教諭が慶応義塾マンドリンクラブのOBの方で、まずお迎えいただきました。そして校長室に伺うとものものしい人の数、、、。
どうも今回の寄贈について自校で発行している刊行誌に載せるというので校長先生だけでなく関係者、そしてカメラマンまで、、、。こりゃかなり大袈裟な事になってきたな、とやや緊張してしまいました。再来年創立70周年を迎えるので、かなり皆さん気合が入っているようです。
とはいうものの校長先生他皆様暖かくお迎え頂き、とても楽しいひと時を過ごさせていただきました。最後に「服部さんの高校在学中のエピソードは何かありますか?」と問われ、譜面の話とは違った想定外の質問に面食らってしまいましたが、、。
この校舎は戦中、戦後に軍や駐留米軍の施設としても使われた遺構として横浜市の史跡としての指定を受けているらしく改築等が出来ないとの事で、小生が通学した時(40年以上前)と校舎そのものは殆ど変わってなく、大変懐かしく感激いたしました。

贈呈した譜面の中には服部正が自筆したオーケストラパート譜まであり、塾高で作ったレコードにもイベントで挨拶した服部正の肉声が入っているという貴重な内容であり、校長先生をはじめ皆さん大変お喜び頂けました。
校長先生、関係の皆様、本当にありがとうございました。

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「慶応義塾高等学校の歌」直筆譜と17cmレコード

余録

実はパート譜にはヴァイオリン、チェロ、フルート等通常のオーケストラの編成が揃っていましたが、「ファゴット」と「ホルン」の譜面だけが何故かありませんでした。
当時の塾高のオーケストラにファゴットとホルンの部員がいなかったのか、演奏後その楽器の部員が返却し忘れたのか、単純に失くしてしまったのか、これも謎です。
列席した先生の一人が「このレコードの写真でその楽器の有無がわかるかも」とおっしゃっていましたが、写真を見ると間違いなくファゴット奏者はいるようなので、「部員がいなかった」という説はなさそうでした。

館長

1955年 服部正の長男として東京で生まれた。                    
1978年 慶応義塾大学卒業(高校よりマンドリンクラブにてフルート担当)       
同年    某大手電機メーカーに入社(営業業務担当)                 
2015年 某大手電機メーカーグループ会社を定年退職                 
現在 当館館長として「服部正」普及活動従事       

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