服部正と映画音楽

服部正が本格的に映画音楽に手をつけ始めたのは昭和11年(1936年)、トーキー映画のバックミュージックの担当をしてからと自著には記されています。当時は映像は先に出来て、それに合わせて音楽を作る、という段取りだったらしく、少しでも早く上映したいがため作曲家には非常に厳しい納期を強いられていました。学生時代から早書きだった服部正も、そこでさらに磨きがかかったようです。
そして映画というものが日本に徐々に普及してきた事により服部正の映画関係の仕事も増えていきました。恐らく大小合わせて100は下らないだろうと思われます。
(たまたま「MovieWalker」という映画関連のポータルサイトがあり、そこで作曲家としての検索で服部正の作品群が出ていますので、ぜひご覧になってみてください。このサイトは1946年以降のデータしか載っておらず、それでも52作品ありました。)

やはり映画の話で語らずには出来ないのが巨匠「黒澤明」監督の作品でしょう。
歌舞伎の「勧進帳」をテーマにしたちょっとおどけた映画「虎の尾を踏む男たち」という映画で黒澤監督と初めてコラボレーション、この映画が当時としてはかなり当たった事もあり黒澤監督は次作も、という事でかの有名な「原節子」主演の「わが青春に悔いなし」という作品の音楽監督に推挙されました。
ところが、ここで黒澤監督のポリシーが基本的に服部正の考えと一致しない事が表面化してきたようであり、その次の作の「素晴らしき日曜日」で彼との作品は終わりになってしまいました。
黒澤監督は服部正よりも2歳若く、一緒に仕事をした時代は30代後半というそれぞれが血気盛んな頃でした。恐らく二人とも我が強かったのでは、と思われ妥協の産物ではなく、結局黒澤監督の意向に沿った3作しか服部正が作れなかった結果ではないかと思われます。
全く関係ない話ですが、黒澤氏も服部正も血液型が「B型」であり、上記を思うと「さもありなん」と勝手に思ってしまっています!

映画音楽そのものの譜面は映画会社が殆ど回収してしまったと思われ、遺品の譜面は映画音楽のジャンルは黒澤作品含めほぼ皆無でした。「次郎物語」のセレクションをマンドリン用に作りましたが、それもマンドリン合奏演奏会のために再アレンジした形なので譜面としては残っていますが原曲は存在していません。

Jpeg
とりあえず、今DVD等で服部正が担当して入手できた物をご紹介します。「次郎物語」はVHSビデオでした。
館長
1955年 服部正の長男として東京で生まれた。                     1978年 慶応義塾大学卒業(高校よりマンドリンクラブにてフルート担当)        同年    某大手電機メーカーに入社(営業業務担当)                  2015年 某大手電機メーカーグループ会社を定年退職                  現在 当館館長として「服部正」普及活動従事       

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