校歌・社歌のご紹介(9)

地域別校歌・社歌のご紹介(⑨北関東編)

作曲当時の前橋工業短期大学校歌表紙

このシリーズもいよいよ関東地方に入ってまいりました。
北関東はここでは「茨城」「栃木」「群馬」の3県を指しておりますが、実は栃木県に関する学校、企業、自治体の譜面が残されておりませんでした。服部正自身が避けていた事は一切なく、たまたまご縁が薄かったと思われます。

また群馬県も非常に少なく、以前ご紹介した「前橋工科大学」の大学歌の譜面だけが残されておりました。この大学には一度お邪魔して譜面を寄贈して参りました。
(作曲した当時は前橋工業短期大学と称しており、現在の前橋工科大学に代わってからも校歌の継続使用についてご相談いただいたのがきっかけでお邪魔することになりました。)

茨城県も実は蓋を開けるとあまり広くお付き合いがされていなかったようです。
まず学校でいえば「結城西小学校」で、これは「自筆譜寄贈コーナー」でご紹介いたしました。
同じ結城市に「玉岡幼稚園」というのが過去存在しており、そこの園歌を作りましたが、この幼稚園も今は存在しておりません。

そして茨城県には何といっても「日立製作所」との関係による実績がいくつか残っております。

日立研究所所歌

日立製作所はご承知の通りそもそもの創業が茨城県日立市であり、全国に支社、営業所だけでなく様々な製品を作る工場が点在しております。特に茨城地区には重電、家電、自動車等の様々なジャンルの工場が集中しておりますが、そこの中でも「多賀工場」(常陸多賀駅)の工場歌、「日立研究所」(大甕駅)の所歌を作曲しており、私もお邪魔して譜面を寄贈して参りました。
今でも工場歌は現場では時々使って頂いている事もあり、昔の社員で覚えていただいている方もいらっしゃいます。作曲当時の裏話をご存知の方が残していただいた文書も保管されていました。

海に寄せる3楽章表紙

また日立市に「日立交響楽団」というアマチュアオーケストラがあり、このオーケストラは日立社員だけでなく地元の音楽愛好家も参加して活動している楽団ですが、この楽団のために作られた曲「海に寄せる三楽章」という作品があります。服部正は時々こちらにお邪魔して接点があったようです。この曲は一部マンドリンオーケストラ用にも編曲されており、服部正も比較的愛着があったように思えます。

ところがそれ以外の実績が不明で、「北関東」は地域的にも近いわりには譜面が残っていないことが実態です。もし何かこの地域の作品等があればぜひご紹介いただければ幸いです。

館長
1955年 服部正の長男として東京で生まれた。                     1978年 慶応義塾大学卒業(高校よりマンドリンクラブにてフルート担当)        同年    某大手電機メーカーに入社(営業業務担当)                  2015年 某大手電機メーカーグループ会社を定年退職                  現在 当館館長として「服部正」普及活動従事       

2件のコメント

  1. なんと!「海に寄せる三楽章」は管弦楽曲だったのですか!!
    マンドリン・オーケストラ版は私も初演に参加しており(1981年12月06日)、とても思い出深く大好きな曲です。
    この表紙によると管弦楽版の完成が1981年9月13日、マンドリン・オーケストラ版の楽譜の最後のページには1981年9月15日とあります。並行して書き進めておられたのかもしれませんね。

    1. 肝付様 コメントありがとうございます。
      こちらの記録を見ますと、管弦楽版の完成時期は以下の通りです。
      海に寄せる3楽章 1.黒潮を呼ぶ歌(1977年6月完成)、2.霧笛の聴こえる海峡を行く(1981年1月完成)、3.暁に轟く漁夫達の閧(1981年9月完成)
      これらはオーケストラ譜の他一部パート譜が残っており、原譜すべて自筆譜寄贈の一環で日立交響楽団殿に贈呈して参りました。
      「黒潮・・・」については純粋な管弦楽曲として作られて、まず日立交響楽団にご提供したものと思われ、レコードも当時作られたようです。
      追って残りの2曲を作り「3楽章」とし、その際にマンドリン版も並行して作られた可能性が強いと思われます。
      ご愛顧いただきましてありがとうございます。またいつか演奏される機会が来るとありがたいと思います。
      館長 服部 賢

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