「迦楼羅面」について

本HPの「作品(マンドリン)」に「迦楼羅面」を載せました。
(是非そちらもご覧ください!)
そこでも紹介しましたが、この曲は正倉院御物(宝物)である「伎楽面」の中にある「迦楼羅」という役柄の方がかぶる面をモティーフにした作品となっています。
宮内庁・正倉院のHPがあり、そこから宝物検索が出来るページに飛ぶことが出来ますが、当初「迦楼羅面」では全くヒットしませんでした。「伎楽面」と入れなおしたところ70件がヒットし、その中で第63号と第72号が目的の「迦楼羅」面でした。HPの画像を掲載させていただきます。(正倉院さん、失礼します!)

迦樓羅伎楽面0

これが「迦楼羅」の面だそうです。(第72号です)

そもそも「迦楼羅」とは「インドや東南アジア地方でいうガルーダで、古代の神話にでてくる毒蛇を喰う霊鳥である。常に毒蛇などの危険にさらされていた南方の人びとにとっては、このガルーダこそ生命の恩人であり、神格化されるのも当然であろう。」との記載が「e国宝」というHPに記載されていました。

そもそも「伎楽」も飛鳥時代~奈良時代に中国から日本に入ってきた、ある意味「能楽」や「歌舞伎」の前身にあたるようなもので、こんなお面をかぶった方が舞を演ずるというのも非常に神々しいような気がします。

ぜひ本物を見てみたいものですね。

追伸:この「迦楼羅」は「かるら」と読むらしく、KMCではそのまま音読みして「かろらめん」と呼んでいる人が結構いるらしいです。(かくいう小生も間違っていました!!!)

昔の楽譜(スコア)~遺品より

服部正は自分が作曲・編曲した楽譜だけでなく、自分の勉強も含め膨大なスコアを保持していました。(スコアとはオーケストラ音楽の譜面をブックレットにしたようなもので、曲ごとに1冊になっていたりしたものです。)
たまたま私も聞いたり演奏したりするときに大いに参考になったのでかなり生前からお借りしていました。(というよりは勝手に自分の部屋に持っていってしまってました!)
しかしながら、やはり戦前の頃から集めていたスコアも結構存在し、正直紙がボロボロになる寸前のものも散見され、その修繕にも結構手間がかかりました。
ここにお見せするのはチャイコフスキーの管弦楽曲3曲のスコアです。

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左側2冊(序曲1812年、イタリア奇想曲)はドイツのオイレンブルク版で比較的しっかりきれいに残っていますが、右側(スラヴ行進曲)は日本楽譜という出版社の国産品であり、綴じてある部分が非常に重傷で何と「ガムテープ」で補強した、といういい加減な修繕の有様です。
驚くべきことはそのスラヴ行進曲の裏側です。

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価格が何と「90銭」!
昭和15年に発刊されており、よくよく調べてみると当時の貨幣価値からしてみると結構高価だったように思われます。
例えばネット情報によれば「はがき」は2銭(現在52円)、「かけそば」は15銭(現在400円程度)「生ビール1杯」は50銭(現在5~700円程度?)等、物によって必ずしも比較にはしにくいですがだいたい昭和15年の1円が今の1500円~2500円と考えると、このスラヴ行進曲だけでも2000円に匹敵してしまうわけですね。他の2曲は輸入版であり、さらに高いと思われます。
現在「音楽の友」社で出ている同曲のスコアは税抜き1300円なので、価値観に驚くほどの差があるわけでも無さそうですが、当時服部正はこういったスコアを結構買いあさっていたようでした。
考えてみればその頃はテレビもなく「娯楽」らしきものが現在とは全く違う様相を呈していたので、酒をあまり飲まない服部正からしてみればこういった物への投資がやりやすかったのでしょうね。

ある依頼・・・後日談

以前「ある依頼・・・」という題名で投稿を致しました。

幼くして亡くなった子供のためのレコードのお話でしたが、そのお父様とお会いする事が出来ました。
きっかけはこのホームページをご覧頂いたBS朝日放送のスタッフのご尽力で、このお父様を探しあてて頂きました。お父様は首都圏で電気関係の会社のご経営をされているご立派な方でいらっしゃいました。

ここの出会いで新たな事実が分かったのですが、どうもこのレコード作成については服部正の方から切り出したとのことです。
たまたまお子様の一回忌に参列した服部正が、「せっかくならばこのようなことをやってみてはどうか?音楽だけでなく録音等の手配もこちらでセットアップする」と切り出したとの事です。
私が書いた題名の「ある依頼・・・」というのとはちょっと意味合いが違っていたかもしれませんね。

今回お父様とお会いできただけでなく、こういった事が分かった事も大変感慨深いものがございました。

この経緯は先日のBS朝日放送の「黒柳徹子のコドモノクニ」をご覧頂いた方はご存知と思います。

早速お会いした当日この曲の直筆譜面をお父様に贈呈致しました。
お父様、是非益々お元気でご活躍をお祈りしております。ありがとうございました。

僕はまけないぞ01-1 やさしいパパママ01-1

 

「黒柳徹子のコドモノクニ」をご覧いただいた方、ありがとうございました。

正直1時間番組で一人の人物を追うというのはよっぽどの著名人でないとなかなか難しいと思っておりましたが、今回テレビ朝日映像社のスタッフの方々が本当に真摯に前向きに取り組んで頂いたおかげで「服部正」の真の姿をお見せ出来た良い番組となったと思っております。

メールやSNS等で関係の方からも賛辞を頂いたりしており、非常にうれしく思っております。
スタッフのご計らいでエンディングに当HPの名前を出していただきました。
これで益々きちんとした「資料館」にしなくてはならないと痛切に感じました。

コドモノクニエンディング2

これからもよろしくお願いします。

裏話一つ。
番組の構成上どうしても「マンドリン」という楽器の映像がほしいとの事で楽器の貸与の依頼が放送局からございました。
実は父は「マンドラ」であり今自宅に保管しているのもそのマンドラしかありません。マンドリンと似て否なるものですが知る人が見れば分かってしまう事もお話し、友人にお願いする時間も無かったので今回「イケガク社」さんをご紹介したところイケガク社さんが快くご協力いただけたとの事です。
私もKMC出身ですが、残念ながらフルートを担当していたのでマンドリンという楽器を持つ環境になく、意外とこういった要請に四苦八苦してしまいました。

イケガク社様、ご協力ありがとうございました。

「黒柳徹子のコドモノクニ」に服部正が取り上げられました!

実は来週の水曜日(1/20)にBS朝日放送の「黒柳徹子とコドモノクニ」という番組で服部正を取り上げて頂くことになりました。
お時間がある方は是非ご覧ください。
<1/20(水)22:00 BS朝日「黒柳徹子のコドモノクニ」>

恥ずかしながら小生もインタビューを受けました。最終的な仕上がりは一切見ておりませんのでどんな番組になっているか自分でもハラハラ・ドキドキしています。
ちなみに本HPでの「ある依頼...」がテーマになっているらしく、この番組のおかげで亡きお子様のお父様にお会いする事もできました。

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先週新たなご報告というコメントを残しました。それがこの事でした。

新年の御挨拶

皆様、あけましておめでとうございます。

本HPの年始の御挨拶投稿が遅れて申し訳ございません。
今年もよろしくお願い申し上げます。

昨年スタートしましたが、お蔭様で様々な方からご覧いただいたりコメントを頂戴いたしました。この場を借りて御礼申し上げます。ありがとうございました。
今年もマイペースで少しずつ充実してまいりたいと存じます。

来週あたりに新たなご報告事項が控えております。
お楽しみにお待ちください。

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館長 服部 賢

横浜市立日吉南小学校校歌譜の贈呈

東急東横線の日吉駅から綱島方面の右側の住宅街の中に車窓からも見える小学校があります。
それが今回訪問した横浜市立日吉南小学校です。
12月に入りやや風も冷たく感じる日に日吉に降り立ち、小学校の方からはバスでの来校を案内されましたが小生の高校時代の通学駅であったのでちょっと早めに着き周囲の景色を懐かしく見ながら歩いて小学校まで行きました。校庭では体育の授業をやっており、寒いながらも子供たちが元気いっぱい走り回っていました。

学校に入ると校長室に案内され、校長先生、副校長先生にご対応頂きました。
聞くところ再来年で開校50周年をお迎えになるとの事で、今回の直筆譜の贈呈はグッドタイミングだったようです。(学校の校歌は開校後5年後の1972年に作曲されました。)

音楽の授業をちょっと聞いていただきたい、との申し入れを頂き、お邪魔でなければとの事で音楽室に案内頂きました。ちょうど4年生と先生がお迎え頂き、早速校歌を聞かせていただきました。
素晴らしくきれいで元気な歌声でとても感心しましたが、何よりも40余年昔に作曲された校歌を今でもこうやって一生懸命歌って頂いていることに大変感動しました。譜面からだけではなかなかイメージできなかった校歌をこうやって在校生の歌声で聞けた事は本当に幸せなひと時でした。

日吉南小学校の校長先生、副校長先生、そして授業でお邪魔した先生、何よりも大変素敵な歌声を聞かせていただいた4年生の皆さん、本当にありがとうございました。

2年後の50周年記念が素晴らしいものになることを祈念申し上げます。

校歌08日吉南小学校01-1

 

品川区立浜川中学校校歌譜の寄贈

「品川区立浜川中学校」は箱根駅伝のコースにもなっている第一京浜国道のすぐ横にある中学校です。この校歌を服部正はかなり以前に作曲致しました。
寄贈のため訪問を打診したところ「直筆譜なら校長室に飾ってありますよ。」と言われびっくり。こちらにも間違いなく直筆譜があったので、とにかく伺う事にしました。
天気に恵まれた12月の初日、品川駅から京急線に乗って立会川駅で降り、徒歩で10分足らずで目指す中学校の校門に到着しました。
受付に行こうと思ったら「坂本竜馬」の大きな像がいきなり校舎の1階に鎮座していました。
後で校長先生に聞いたところ、江戸時代立会川近辺は土佐藩の武士が住んでいたという事であり、その後立会川駅そばに竜馬の像が建てられていたそうですが新しい像を作り直したため、それまでそこにあった像を「出来れば屋根のあるところに保管してほしい」との事で、この浜川中学校の校舎の入口に移転したそうです。
校長先生、副校長先生に出迎えられ校長室にお邪魔しましたが、確かに電話で聞いた通り直筆の譜が飾られていました。譜面の書き方や文字の筆跡を見ても父「服部正」の直筆であることは間違いありませんでしたが、どうもこれは最終的に書いた正式版であり、私が持っていった物は絵で言えば「デッサン」といえるものであったようです。
どちらも本物だという事も何となく分かり、お喜び頂き受け取っていただきました。
実はこの校歌の作曲を依頼するために父が学校から頂いた「原稿用紙」に書かれた大木惇夫先生作詞の文書もお持ちしたのですが、この時の依頼者の学校の先生の連絡先電話番号の局番が何と「2桁」で書かれていたので上記の「かなり以前に」という言葉を使いました。(東京の市内局番が2桁というのは間違いなく昭和30年代前後です。)これはさすがに校長先生も初めて見られたようでした。校長室に飾られた譜面には「昭和30年8月」と書かれており、(奇しくも私の生まれた年月でした。)ここでやっと作曲年月が判明しました。
学校の統廃合や校歌の作り直しが進んでいる中で現在もお使い頂いていることに敬意を表し御礼致しました。
校長先生、皆様、ありがとうございました。

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校長室に飾られた直筆譜

浜川中学校校歌01 浜川中学校校歌02

持参した直筆譜(デッサン!?)

ある依頼・・・

今回はちょっと重い話です。

以前遺品を整理していた時に出てきた17cmレコードがありました。
そのジャケットの表裏がこの内容です。
佐藤君レコード1表佐藤君レコード2裏

幼くして天寿を全うしてしまったお子様の親御さんが服部正に作曲を依頼してきました。
「作詞・作曲 服部正」と記されていますが、このお子様の日記から服部正が音楽に合わせて言葉を選んだと思われ、作詞はこのお子様本人と言った方が良いと思います。
歌詞も、お父様の言葉も心に重くのしかかるように思えてならず、とは言うものの服部正もことさらに暗い曲にしたくないという意向があったのか、どちらの曲も長調で書かれてました。
しかしながら、この歌を聞いてしまうと目が潤んでしまうつらさを禁じえず、もし生きていたら今は多分50代の最も華々しい世代にいたのに、というむなしさを思ってしまいました。

こういった依頼を受け、一生懸命に本業でもない「作詞」のお手伝いをしながら作曲した服部正を父として尊敬する次第でした。

天国で佐藤天君、父と会っているかな?、、、

「海に寄せる3楽章」の寄贈

服部正は生前日立製作所とのお付き合いが比較的多く、工場歌等の委嘱をいくつか手掛けておりました。この「海に寄せる3楽章」は茨城県日立市にあるアマチュアオーケストラ「日立交響楽団」のために作曲した、と言われていますが、そもそもこの「日立交響楽団」も日立製作所の日立工場の文化活動団体の一つとして活動しながら地元の一般の方々も参加する一般アマチュアオーケストラとなっております。
この曲の寄贈となるとこの日立交響楽団が相応しく、事務局のある日立製作所の事業所(日立市)に8月に行ってまいりました。
オーケストラの事務局の皆さんにご対応頂きましたが、おまとめ頂いている総務部長もお忙しい中御挨拶させていただくことが出来ました。当日は譜面の他25cmLPまで当時作成されましたが、それも複数所有しておりましたので1枚お持ちしました。
そもそもこの曲は序曲「黒潮を呼ぶ歌」として1977年に作曲されましたが、その後2楽章、3楽章を作曲し「海に寄せる3楽章」として1981年に完成致しました。その痕跡が表紙にもしっかり書かれております。今回はそのスコア譜面だけでなく、オーケストラパート譜まで服部正直筆の譜面があり、まとめてお納めさせていただきました。
オーケストラのパート譜となると楽器それぞれに分けて書く必要があり、楽器だけでも十数種類存在していますが、管楽器はさらに1st、2nd等複数奏者のために書き分けることもしなくてはならず合計2~30種類の譜面が演奏には必要なものの、そこまで全部直筆で書き下ろしているのはこの作品への思い入れが相当あったのかとも想像されます。
小生もかなり以前に会社とは全く関係のないアマチュアオーケストラに所属し団長までやった経験があり、アマチュアオーケストラ運営の苦労談も織り交ぜながら事務局の皆様と懇談させていただきました。

日立交響楽団の益々のご発展をお祈りします。関係の皆様どうもありがとうございました。

社歌35-01海に寄せる3楽章-1-1 社歌35-01海に寄せる3楽章-1-2