青響でも広場でもグレースノーツでも服部正は演奏会に「序曲」を多用していましたが、あまねく広く曲目を演奏する、という事でもなく、結構こだわりがあったようです。
というのも古今の名序曲と呼ばれている曲目でもなかなか演奏しないもの、逆に「こんな曲あったの?」的な選曲をしていたようです。
有名なナンバーで服部正が好んで演奏していたのは「グリンカ『ルスランとリュドミラ』序曲」や以前ご紹介した「メンデルスゾーン『フィンガルの洞窟』序曲」でした。また意外と演奏されないのが「ベートーヴェン」や「ワーグナー」といったコテコテのドイツもの、「ヴェルディ」や「ウェーバー」といったロマン派オペラ多作の作曲家のナンバーがプログラムに載る機会はそれほど多くなかったようでした。
かわったところでは「チマローザ『秘密の結婚』序曲」、「エロール『ザンパ』序曲」で、これはマンドリン合奏版として慶應マンドリンクラブでもよく演奏していた事からもうかがえると思います。そして「グルック・『アウリスのイフィゲニア』序曲」はグレースノーツの演奏会で私も聞きましたが、結構良かった演奏でした。
実はこの作品、「ワーグナー編曲版」が一般的で様々な録音も残されているのですが、この時服部正は「モーツァルト編曲版」を使い、ここでもワーグナー色を避けた服部正のこだわりがあったように思えます。
服部正の所有していた古いスコアにもこの両方の編曲版の楽譜が収められていました。
グルック「アウリスのイフィゲニー」序曲スコア。恐らく戦前に入手と思われます。
左が「グレースノーツ」で使ったモーツァルト版、右は一般的のワーグナー版
やはりワーグナー版は比較的荘重な響きの音楽になっているのに対し、モーツァルト版は軽快で最後まで明るく終わる、といった服部正がいかにも好きそうなアレンジでした。聴かれるお客様になるべく良い気分になってもらおう、という気持ちが強かったのではと思われます。
このモーツァルト版なかなか現在録音が見つからないのですが、もし聴く機会が出来たら是非お聴きになってみて下さい。