88年ぶりの「斑蝶」の演奏!

先日ご案内した京都でのB-one絃楽合奏団の演奏会に伺って参りました。
譜面は存在するものの実音を聴いたことのない作品の一つである服部正の「斑蝶(まだらちょう)」を演奏していただける、という事で、当日は混雑する京都の名所をちょっとだけ訪れた後に演奏会場に赴きました。
演奏会では冒頭の曲としてこの斑蝶を取り上げて頂きましたが、その他にも鈴木静一先生やイタリアの有名なマンドリン曲の作曲家である「アマディ」「ファルボ」「マネンテ」の作品も演奏され、非常に恐縮して会場の席に座りました。

この曲の指揮をして頂いたのはこの団でマンドリンも弾いていらっしゃる「辻本篤人氏」で、当方にも何回かメール交換しただけでなく、わざわざ東京までお見えになって色々とお話させて頂きました。

初めて聴く斑蝶、主題のメロディーはいかにも初期の服部正らしい音楽で、約5分ぐらいの曲でしたが実に丁寧に、またエネルギッシュに演奏していただきました。
この曲は楽器編成として通常のマンドリン合奏にいくつかの打楽器とフルート、そして意外なのはオーボエとファゴットを入れています。当日の演奏会では合奏の規模が比較的こじんまりとしていたのでフルート、オーボエと最小限の打楽器でご対応頂きましたが、これが実にうまくマッチしていたのではと思いました。

昭和5年の1月の作曲なので服部正はまだ22歳になる直前で当然在学中であり、いかにも「若気の至り」的な作品でしたが、ここから「迦楼羅面」や「絵本街景色」の作風に繋がる貴重な作品としての位置付けにもなるような思いをしました。

記録を辿る限り再演のデータが無く、服部正もその後の「迦楼羅面」等の作品に比べると再演に及ばず、と思ったのかもしれません。そういった中で先日演奏していただいた絃楽合奏団B-oneの皆様、辻本様に心より敬意を表し、御礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました。

お問合せ、お待ちしております!

本資料館に時々お問合せが参ります。

メディアの方々から服部正の写真等の提供のご依頼もありますが、実は一般の方々からも
「服部正のこのような曲をマンドリンアンサンブルでやりたいのだが、どこに行けば譜面が入手できるのだろうか?」
「昔、服部正/慶應マンドリンクラブのレコードを聴いていたが、今探しても見当たらない。」
というようなお問合せを頂くことがございます。

必ずしもご期待に沿えない場合もございますが、当館所蔵の譜面、音源で極力ご要望にお応えできるようにしたいと思っております。
譜面の類は「服部正の作品の演奏を楽しんで頂きたい」という当館のポリシーのもと、可能な限り無償でコピー、電子ファイル等でご提供したいと考えております。
(ただ、当館所蔵譜面は自筆スコアがほとんどです。パート譜等のご提供はほぼ不可能であり、非常に読みづらい譜面から譜面をおこして頂く事になりますので、予めご承知おきください。)

「お問合せページ」からどうぞお気軽にお問合せ下さい。

慶應義塾マンドリンクラブ第200回定期演奏会の動画がYoutubeに

先日の慶應義塾マンドリンクラブ第200回定期演奏会の動画がYoutubeにアップされたとの事です。
とりあえず当館では「服部正の作品」をご案内致します。

上記は当日配られたプログラムですが、100回の時のプログラムも真っ黒でした。
当日の演奏会の第2部がOB・OGのステージで、次の2曲を演奏しております。

迦楼羅面

イタリアン・ファンタジー

イタリアン・ファンタジーではテノールの大澤一彰先生の熱唱もお聴き頂けます。

迦楼羅面が1931年の作品、イタリアン・ファンタジーは1965年であり、奇しくも作風の変化がお分かり頂ける選曲となりました。
迦楼羅面については当館の作品紹介のページにもご紹介しておりますので、ご一読頂ければと思います。(迦楼羅面ご紹介ページ

 

鳥取西高等学校「鳥城会」に参加

鳥取西高等学校の校歌を服部正が作曲した事がきっかけで、同校の同窓会にお招きにあずかりました。
聞くところによると同校の同窓会は地元だけでなく「東京」「大阪」「名古屋」でも毎年行われるとの事で、今回東京にて開催された同窓会にお邪魔させて頂きました。

まず、ご来場者が母校と離れた東京とはいえ想像以上に多かった事にに驚かされ、しかも各界でご活躍されている方々で埋め尽くされ、中でも「リンガーハット社」の会長様、JAXAと一緒に宇宙研究をやられている方の講演やお話もあり、一方で今年の夏の高校野球でも県内で準決勝まで勝ち進んだというまさに「文武両道」の学校という事で、こういった学校の校歌を服部正が担った事は大変光栄な事と再認識致しました。

残念ながらこの学校の校歌の直筆の譜面は服部正の所蔵品の中からは見つからなかったのですが、関係書類として以下の2点が発見されております。

この学校の校歌は1951年(昭和26年)に作曲されており、この2枚とも恐らく当時の時の物と思われ、印刷された方は校歌制定に合わせて作られたもの、手書きの譜面は校歌発表会等で使われるために作成された学校関係者による譜面と思われます。(譜面が比較的きれいに書かれており、間違いなく手荒な服部正の筆跡ではありません)

1951年というと、今日も続けられている「ラジオ体操第一」が作曲された年と同年であり、まさに服部正が最も忙しく脂がのった時期でした。
当日はたまたまこのコピーを持参しておりましたので、ご来賓としてご出席されていた同校の校長様にお渡ししました。

会にて他にも何人かの方とご挨拶させて頂きましたが、皆様大変明るくきさくな方ばかりであり、非常に活気のある同窓会となったように拝察しました。そして最後に卒業生皆様が校歌を力強くお歌いになっている姿を見て、大変感動しありがたく感じた次第です。いずれ機会がございましたらぜひ鳥取西高等学校にも伺いたいと思いました。

鳥取西高等学校の益々のご発展をお祈り申し上げます。

季刊「奏でる!マンドリン」誌に寄稿

当資料館に「奏でる!Mandolin」という季刊雑誌から寄稿依頼があり、このたび2018年秋号に載せて頂きました。

 

この雑誌はマンドリン奏者、マンドリン合奏団等で活動されている方々向けに様々な記事、演奏会のレポート等を記載しており、いわゆる「知る人ぞ知る」雑誌と思われます。
ここで服部正の事について何か寄稿できないか、というご依頼を頂戴し、おりしも没後10周年ということもあり快諾させて頂きました。

内容は、以前音楽三田会にて講演させて頂いた内容がベースになっておりますが、若干マンドリン関係部分を濃くしております。

この号にたまたま先日の慶応義塾マンドリンクラブ第200回定期演奏会の「コンサート・レポート」も合わせて掲載頂いており、文面ともうまくリンクできた内容になりました。

この雑誌は通信販売のみでの扱いらしく、書店では売っていないとの事だそうです。

雑誌の裏面に以下が記載されておりましたので、こちらにも記載致します。ご関心ある方はどうぞご連絡下さい。

 

奏でる!マンドリン」お客様窓口:有限会社メロネスト ℡:03-5755-5544 Fax:03-5724-5081 〒150-0022東京都渋谷区恵比寿南2-3-12 je1ビル6F

服部正作品のコンサート紹介(第4報)

実は大事なコンサートがあった事を失念しておりました。関係者には深くお詫び申し上げます。

オルケストラ”プレットロ”東京という団体が長く活動しており、9月22日に第15回定期演奏会を開催されるはこびとなっております。
ここで服部正のマンドリン作品としては最長、最大の曲とも言われている「人魚姫」を演奏していただくことになっておりました。すでに次の土曜日ということなので、大変急で申し訳ございませんが、是非ご都合のつく方はご来場いただければ幸いです。
この「人魚姫」はアンデルセンの物語を題材にした歌唱付きマンドリン作品で、一連の服部正の「お姫様」シリーズのスタートとなった曲です。1955年の作曲で既に60年以上経って、しかもソプラノ、テノールのソリスト、そして混声合唱という大変大がかりな作品なのでなかなか演奏会に乗せて頂くのにご負担がかかるのですが、慶応義塾マンドリンクラブOBの方が様々な地域等でマンドリンアンサンブルを組織されていると、結構この曲を選曲していただく事が少なくないと思われます。大変光栄に存じます。

9月22日(土)14時開演
杉並公会堂(荻窪)大ホール

 

 

 

 

 

また、10月7日(日)に毎年恒例のALL KMCコンサートが第55回目の演奏会を迎える事になりました。いつもご紹介している通り、慶応義塾中等部から高校、大学だけでなくOBまで老若男女問わず参加する年1回の大イベントです。
ここでは服部正の純粋な作品は特に取り上げられませんが、OBの三田会のステージにて「リスト ハンガリー狂詩曲第2番」という有名な曲の服部正のマンドリン編曲版を演奏する予定にしております。
この演奏会のチケットは当資料館でもお取次ぎ致しますので「お問合せ」経由でご連絡頂ければチケットの確保をさせて頂きます。
ただ、この演奏会は極めて長い時間をかけそれぞれの学校が演奏するので、全部お聴きになるには時間、体力が必要ですのであらかじめご承知おき下さい。

10月7日(日)16時開演
すみだトリフォニーホール(錦糸町)大ホール

インタビューの成果!「黒澤明全集」に掲載

前回のこのページにてご紹介した「インタビュー」関連書籍として購入手配をしていた全集「黒澤明」第1巻が到着しました。

岩波書店 全集黒澤明第1巻

この全集は黒澤監督の作品それぞれのシナリオ集がメインで、黒澤氏の随筆や関連する記事を盛り込み全部で6巻に亘るようです。第1巻は「姿三四郎」から「虎の尾を踏む男達」までの1943年~45年という戦争真っただ中の作品が収められています。

早速ざっと頁をめくってみましたが、どうも対談集的なものは見つからず、「没になったか、、、」と最後のページに辿り着いたら小さな四角の囲いに「製作余話」というコラムが目に入り、中に「音楽を担当した服部正談」というコーナーを見つけました!確かにテープに収められていた内容の話が記載されておりました。


1時間余の録音で、ここに登場するのはせいぜい2~3分程度の内容でしたが、まあ今も昔も変らない編集作業のようですね。

「わが青春に悔いなし」とか「素晴らしき日曜日」については第2巻だそうですが、黒澤氏と服部正の対立構造が見え始めた頃なのであまりプラスの内容は書かれていない可能性があるので、第2巻の購入はどうするか考え中です。

上記の「服部正談」の内容をこちらに転載します。

「あれはお能の『安宅』だから、謡が不自然にならない様に洋楽にする点で苦心があったが、うまくいったと思う。実に洒落れた映画だ。役者もよかった。特にエノケンはすごかった。黒澤さんの音楽に対する注文は細かかった。その頃の映画はここに何分位の長さの音楽を入れてくれ、というのが普通の注文だったが、黒澤さんのは内容から、音楽をどういう風に使うかという点を深く吟味した。他の監督とは違っていた。
当時はPCLといって技術的にも最先端を行っていたから、オーケストラも専属だったし、仕事はやりやすかった。勿論、今と比べればテープもないし不自由な時代だったが、徹夜が続いても皆、熱心に働いた。仕事にノッていた。」

余話
この「虎の尾を踏む男達」は当初「桶狭間の合戦」をテーマにした「どっこい、この槍」という映画を作る予定が、まさに戦争中のため「走れる馬」の調達が出来なかった、という事で、主役の大河内伝次郎、エノケンをそのまま使ってこの「安宅関」の勧進帳のテーマにした、というエピソードも載っておりました。そして能、歌舞伎とは違う「ミュージカル風」にした事が大きな特徴で、服部正の面目躍如だったのかもしれません。

見つかった!服部正のインタビュー肉声テープ!!

今まで様々なレコード、CD等が遺品として残されていましたが、その他にもカセットテープがいくつか残っておました。
それまでは「音楽作品のテープ」とばかり思っていて、ほとんど見向きしなかったのですが、実はそのうちの1本が出版会社とのインタビュー録音だったことについ最近気づきました。
そのテープには「岩波、黒澤全集のため」と書かれたシールが貼ってあり、早速聞いてみると1987年5月の収録で服部正の肉声がはっきりと入っていました!年にして79歳の頃であり、まだ慶応義塾マンドリンクラブの指揮をしていた頃でした。

どうも黒澤明監督の全集を作るにあたり、関係者へのインタビューをその出版社が行っていた物と思われ、恐らくその録音のテープをコピーしていただいたものと思われます。
以前にもご紹介した通り「虎の尾を踏む男達」「わが青春に悔いなし」「素晴らしき日曜日」の3作品で黒澤監督とお付き合いしたわけですが、そのテープでは表裏で約1時間に亘り黒澤監督とのエピソードを語っていました。

最初は服部正が作曲家になったきっかけや、戦争に召集されながらも兵役免除になったいきさつ等の雑談でした。

その後、黒澤監督との仕事の話になり、「虎の尾・・・」については服部正も「あれは傑作」「自分でも良い作品が出来た。」と語っていました。ただ、その後の2作については、かなり黒澤監督の音楽に対するこだわりが強く出てきた事もあり、服部正も対応に相当苦慮した事を話しており、結局この3作で黒澤作品とのコラボレーションは終わった、との事でした。

気になったので通販でこの「黒澤全集」を探してみたところ「中古」で1冊見つけ、早速手配してみました。
このインタビューの内容と書かれている内容がどこまでリンクしているか、本の到着が楽しみです。

服部正の肉声がある程度分かるレベルの録音でしたので、今回雑談の部分を数分だけご紹介します。
ちょうど服部正が生命保険会社に入社してから菅原明朗先生により音楽家を目指す事になったいきさつの話をしている部分だけですが、服部正の肉声にご関心がある方、以前音楽の関係で服部正と接点があり久しぶりに声を聴いてみたい、という方は是非聴いてみて下さい。

関東大震災の日記(再掲)

2年前の同じころ、本資料館で関東大震災の時の日記をご紹介しました。
今回再掲させて頂きます。

 

大正12年、西暦1923年9月1日(土)の日記です。(右側が9/1)
もう95年前になります。
左上の「天気、寒暖」は「晴 暑」と書かれています。

本文「今日は土曜日でうんとテニスをしようと思っていたが暴風雨でおぢゃん(おじゃん?)になった。ひるから行こうと昼めしをたべ終るとガタガタグラグラドンドン左右上下動。古今未曾有の大地☆☆☆☆☆。テーブルの下に入ってふるえていると そのうちにシンドウにワレテオチル☆☆☆☆ヒラク☆☆☆☆はおちた。夕方まで数回強☆☆。瓦はおちかべおちさんたんたるもの。しかしけがのないことを感謝する。」
上段「この地震は大島のかんそくだからまたもり上がるだろう。その時はもっとひどかろうと心心キョウキョウ」
(☆は判読困難、送り仮名、漢字等は極力原文のままです。前回より判読範囲が広がりました。)

服部正15歳中学生で、父の単身赴任で大阪から東京に戻り2年目ぐらいの頃でした。まだ音楽というものにそれだけの関心が無くテニスに明け暮れたころの服部正ですが、徐々に風化しつつあるこの関東大震災の記憶を再度この日にご紹介しました。
明治、大正、昭和、平成と生きた服部正として、この「関東大震災」「太平洋戦争」という東京地区を揺るがす大惨事を目の当たりに体験した服部正の記録の一つです。

100年近く経っても相変わらず自然災害で犠牲者が出ている昨今、再度防災対策について自分自身が真剣に考える事が必要である事を思った次第です。

服部正作品のコンサート紹介(第3報)

先日の慶応義塾マンドリンクラブ演奏会で本年の服部正の自作作品が演奏されるコンサートは最後と思っておりましたが、ここに朗報が入ってきました。

この資料館を通じて連絡を取らせて頂いた方のお一人で「絃楽合奏団B-one」の指揮者でいらっしゃる辻本様から服部正の作品のお問合せを頂いておりました。
何回かやりとりした中で服部正の初期のマンドリンオーケストラ作品の「斑蝶(まだらちょう)」という曲にご関心を示されたようで、なんと今年の11月の「絃楽合奏団B-one」第14回定期演奏会にてこの曲を取り上げて頂くことになりました。

この「絃楽合奏団B-one」は関西地区(大阪、京都等)に本拠を置いて関西の社会人マンドリンオーケストラとして活発な活動をされているとの事で、京都の「同志社大学マンドリンクラブ」ご出身の方も多いと聞いております。
同志社マンドリンクラブと言えば歴史的にも非常に古く「東の慶應、西の同志社」と以前は言われていたほど名実ともに知られていた団体です。
同志社マンドリンクラブは「中野二郎先生」という大音楽家に育てられてきており、中野先生の自作、編曲作品をもっぱら演奏される事が多いのですが、今回珍しく服部正の作品を取り上げて頂きました。

この「斑蝶」という作品は昭和5年(1930年)に服部正がまだ慶応義塾大学在籍中に作曲した作品であり、慶応義塾マンドリンクラブの定期演奏会では同じく昭和5年5月に「故宮田政夫氏追悼演奏会」と銘打った演奏会にてプログラムに載せられました。
当時の直筆の譜面がまだ残っております。

この曲の編成で管楽器の扱われ方が珍しく、フルートの他にオーボエ、バスーンというダブルリード楽器を使っていました。シングルリードのクラリネットを使わなかった理由は現状では不明ですが、当然マンドリンクラブにはオーボエ等の部員はおらず慶應の「ワグネルソサエティオーケストラ」の協力をあおいだものと思われます。

この曲もなかなか再演される事無く今日まできており、是非この演奏を耳にしたいと思っております。

11月10日(土)18:30 京都の「京都市国際交流会館」イベントホールにて開かれるとの事ですので、ぜひ関西地区にお住まいの方はお聴き頂ければ幸いです。
(もちろん関東地方等の別地域の皆様も機会があれば是非ご来場ください。)

服部正没後10年、生誕110年を締めくくる演奏会としてとても期待しております。
辻本様、絃楽合奏団B-oneの皆様、どうぞよろしくお願い申し上げます。そして演奏会の成功を祈念しております。