地域別校歌・社歌のご紹介(⑦近畿・京滋編)
関西地方でも京都・滋賀という場所は「京・近江」という歴史の古い町並みですが、 この地域にも 服部正の作品としていくつか譜面が残されておりました。
まず滋賀県には現在(2020年2月)NHKで連続ドラマにて放映中の「スカーレット」の舞台となる「信楽」地区に2つの譜面が残されておりました。
一つはまさに「信楽町の歌」、そして「信楽中学校の校歌」です。
信楽町は今自治体的には「甲賀市」に所属しており、この町歌がどのような扱いになっているかは不明ですが、関西地区の自治体の歌としての服部正の作品は非常に珍しく、これがどのような経緯で作曲されたかがぜひ知りたいと思います。
一方信楽中学校については旧字体の「紫香楽」という名前で印刷譜が残っておりました。ホームページで確認したところ「旧字体」から「新しい字」の信楽中学校となった今でもまだこの校歌は存続しており、非常にありがたい限りです。
信楽町、信楽中、いずれも昭和30年代前半に作曲されたものと思われます。
(信楽町の歌は昭和33年)
祖先が「伊賀の百姓」と思われている服部正が「甲賀」の主要都市と学校の歌を作っているのも面白いお話ですね。
他にも東近江市にある「五箇荘小学校」の校歌の譜面も青焼きコピーとして存在しておりました。
五箇荘という場所は琵琶湖の東岸で彦根から京都に行く途中にある町であり、東海道新幹線に乗ると米原を出てほどなくすると琵琶湖側にローカル線の線路が新幹線と全く平行に走っているのが気付かれる方もいらっしゃると思いますが、その鉄道(近江鉄道)に沿ったところにある地区です。昔から京都と彦根、越前等との交通の要衝の地域なので、人の往来も多く賑わっていたのではないでしょうか。
さて、京都地区には実に意外な譜面が残っておりました。
1つは「京都医科大学」の大学歌でした。
まず譜面を見て驚いたのは、書かれた年が「紀元2600年」という物々しい書き方で、しかも譜面の表題が「縦書き」です。当然五線紙は横に長く伸びますが、それをあえて抗うように縦書きで旧字体で書いております。
この「紀元2600年」は西暦でいうと1940年とされており、まさに太平洋戦争が始まろうとしている時期にあたります。
この学校は創立も明治5年(1872年)と古く、現在でも先進医療の研鑽を積まれている著名な医学大学として活躍していらっしゃいます。いかにも戦前の校歌の譜面で、歴史の重みを感じますね。
そしてさらに驚いたのが「大谷婦人会の歌」です。
最初題名を見ただけだと、どこかの婦人会の歌かと思っておりましたが、実は京都東本願寺を総本山とする真宗大谷派の全国の取りまとめ組織としての婦人会の歌だそうです。まさか寺社仏閣に関する作品とは思っておりませんでした。
「真宗文化センターしんらん交流館」のホームページにもこの婦人会の歌が堂々とアップされておりました!
表紙を見ると昭和24年11月と記載されており、戦後数年経ってからの作品です。恐らく戦後復興の中でこのような寺社としても信者のモチベーション向上策として作ることになったのではと想定されます。
こうやってみると、今回ご紹介したそれぞれの作品が、かなり昭和の前半から中盤にかけての作品で、それぞれがどのような経緯で服部正に依頼が来たのかが大変興味深く感じられます。
ぜひ機会があったら掘り下げてみたいと思います。