服部正の残した譜面に「謎」を秘めた曲がいくつかありました。
その中から2つご紹介します。
今回はその1として「剪刀余話」の中の「瓊奴物語」という物です。
ちなみに「せんとうよわ」「けいどものがたり」と読みます。
この「剪刀」というお話は中国の「明」の時代の「神怪説話」の一つで、瞿佑(くゆう)という作家が「新話」を書き、それに続いて李昌祺(りしょうき)が「余話」を書いたとの事です。どちらも西暦1400年頃に活躍していました。そして「瓊奴物語」はその「余話」の中の1つの物語でした。(服部正の譜面では「新話」と書いてありますが、図書館で調べたところ「余話」の間違いだったようです。)細かい話はさておき、作られた曲は歌(ソロ、合唱)と語り手が入るそこそこの長さの作品です。
そもそもこの話は瓊奴という女性の悲恋物語であり、戦後服部作品で一躍有名になった「人魚姫」「かぐや姫」等のシナリオとも類似しており、服部正自らこのような中国古代文学を探したとはあまり思えないので、どなたかが推薦されたのではと思われます。
譜面も1950年代前後と思われる保管状態、筆跡でした。
ここで「謎」が出てきます。
「これはいったいどこの何のための作品なのか?」です。
譜面を見ていくと、語り手の原稿がスコアのいたるところに貼ってあり、そこに「三国」と記されています。(国と言う字は略して口と書かれた場合も当時は多かったようです。)
恐らく三国一朗氏の事であり、この流れから言うと「広場のコンサート」で使われた可能性が高いと思われますが、少なくとも第6回~第10回のプログラムには記載されていません。1~5回にやられた可能性もあるものの、これだけの作品であれば演奏会履歴や著書にも登場するのですが、その痕跡が残されていません。
実はオーケストラのパート譜も綺麗に残っておりますが、どうも演奏された形跡があまりありません。弦楽器の第一プルト(一番前の席の人)譜にはボウイングのアップダウンの鉛筆書きが数カ所残っていますがそれ以外にはどの譜にも書き込みがありません。練習前の準備はしていたが実際に練習すらされなかった、と想像されます。
そうなると想定できる事は次の3つと思われます。
1.「広場のコンサート」の第11回目に予定すべく譜面は作ったが、「広場のコンサート」そのものが中断されたため日の目を見ずに終わった。
2.第1~10回の「広場」でやるべく作ったが、何らかの理由で辞めた。
3.「広場」とは別の機会でやる事になって用意したが、やはり何らかの理由で中止になった。
どれも眉唾ですが、何となく1番の信憑性が高いような気がしています。
多分オーケストラ的に一度も音になっていないと思われ、もしその気になったらパソコン音源でトライしてみても、と考えていますが、しかしながらよくもまあこんな中国古代文学を引っ張り出してパート譜まで作って、そして演奏されずに終わったものも綺麗に残している、というのも「整理下手」「断捨離下手」の服部正らしい一面が出ているのではないでしょうか。