舞踊詩曲「斑蝶(まだらちょう)」

服部正が学生時代に書かれた作品としては、数少ない直筆譜が残っている曲です。1930年1月9日に着手し、同月25日に完成された、と譜面表紙に明記されており、2週間強で書き上げられた事になります。
当時の日記があり、この頃は作曲に没頭ながら「幸福」で「充実」した作曲過程についてとうとうと書かれていました。どうも16日には書きあがり、その後友人にピアノで弾いてもらったり、オーケストレーションの手直し等をして25日に完成のはこびとなったようです。
「小西晃平氏のために」付記されておりますが、この小西氏については特に情報は無く、少なくとも慶応義塾マンドリンクラブ出身者ではないようです。

服部正はどうもこの頃から作曲家としての人生を模索し始めたようであり、作曲している時の気持ちの充実感を日記にも克明に記しており、出来上がった時の達成感もひとしおの思いが書かれていました。

この曲は同年5月の慶応義塾マンドリンクラブの34回目の演奏会にて初演されました。この演奏会はそれまで慶応義塾マンドリンクラブを指揮していた宮田政夫氏の急逝を悼む追悼演奏会とされており、記録によると最後の演目として服部正の指揮で演奏されています。
そしてこの年の8月に「オルケストラ・シンフォニカ・タケヰ」の作曲コンクールで1,2等なしの3等を取った「叙情的組曲」がその後作曲され、まさに「作曲家 服部正」の始動のきっかけとなった曲ともいえます。

先日この曲を88年ぶりに京都にてB-one絃楽合奏団が取り上げて頂き、実際の演奏を聴いて参りましたが、初々しい作曲家の作品を見事に描写頂きました。
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