関東大震災当日の服部正の日記

今週の9月1日は関東大震災が起こって93年になります。もうすぐ100年ですね。
大正12年は服部正がまだ15歳の頃でしたがその時の日記が残っており、この大地震の生々しい内容が書かれていました。

かなり悪筆なのとやや気が動転していたのか、なかなか判読できない部分もありますが、わかる限りご紹介します。

日記関東大震災当日01

今日は土曜で うんとテニスをしようと思ってたが、暴風雨でおぢゃん(おじゃん?)になった。ひるから行こうと昼めしをたべ終わると ガタガタ グラグラ ドンドン左右上下動。古今未曽有の大地震・・・ -中略- けがのないことを感謝する。

まだ服部正は音楽の虫になる前は毎日のようにテニスに明け暮れた生活をしていたことが残された数冊の日記から分かりましたが、この15歳の青少年にとってはさぞかしこの地震は驚いたことでしょう。
この日記の左ページは翌9月2日の記事ですが、「火事はもうもうと天地をこがし大東京をわがものにせんと、、、」と書かれており、この先数ページ(数日)にわたり地震後の混乱した実態が書かれていました。

5年前の東日本大震災でも大変な混乱を招きましたが、今年の熊本、昨今のイタリア等まだまだこういった惨事はとどまらず、首都直下地震の恐れもあるという今日、もう一度防災への備えも再認識しなくてはと思いを新たにしました。

服部正 没後8周年

服部正の命日が先週の8月2日でした。
既に8年を経過しました。今年は申年ですが、もし生きていたら108歳であり、服部正は今年年男でした。

服部正の墓所は東京の「多磨霊園」の一角にあります。特に有名人としての扱いではなくひっそりと佇んでいますが、回りの墓所の立派な墓石とは対照的に「石そのものの形」をそのまま墓石としているので周囲から見ると特徴があるように見えます。ここに服部正の両親とともに眠っております。
特に宗教的なこだわりも無く菩提寺的なものも無いので、法事的なイベントはせず家族で適宜墓参りをする程度にしております。

今年はOBの皆さんで服部正の作品の演奏会を実施、また年明け早々には「黒柳徹子のコドモノクニ」で服部正を取り上げて頂く等、様々な動きがございました。
関係各位にはこの場を借りて厚く御礼申し上げます。

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多磨霊園内の服部正の墓所

 

プライベートブログ始めました。

本ホームページもおかげ様で様々な方にお越し頂いております。ありがとうございました。
一応ここでは服部正にまつわる話、アイテムの紹介に徹しておりますが、小生のプライベートな事もお粗末ながら紹介しようと思い、別のサイトでブログを始めました。
(実は、もう既にローカルに始めており、今回新たに紹介した次第です。)

以前所属していたアマチュアオーケストラの時の苦労話や、ちょっと時間が出来た時にフラッと乗りに行く列車の話等他愛のない話ですが、もしよほどお時間がある時にちょっと寄ってみてください。

題名は「KEN館長クラシック&鉄日記」です。
リンク部分にも貼り付けておきます。

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野岩鉄道 川治湯元駅付近。こんな写真も載せてます。

 

コンサート来場への御礼

昨日東京オペラシティで慶応義塾マンドリンクラブ三田会の第5回定期演奏会がつつがなく終了しました。ご来場いただきました方々には心より御礼申し上げます。

今回は本演奏会のスタッフの皆様のご厚意で「服部正の世界」と銘打って作曲、編曲のナンバーを演奏して頂きました。特に「絵本街景色」は戦前の野心作であり、1968年に大幅改変をしたものの、その後全く演奏されなかったのですが昨日陽の目を見る事が実現できました。
手島由紀子さんのソプラノ、「わをん」合唱団の皆様のご協力により素晴らしい演奏となりました。
その他に手島由紀子さんが「遠い熊野の」「野の羊」を歌って下さり、マンドリンオリジナル曲(服部正加筆)、スッペ、ヨハン・シュトラウス、エネスクの名曲(服部正マンドリン編曲)の演奏をし、会場の皆様からも大きな拍手を頂きました。

慶応義塾マンドリンクラブ三田会のスタッフの皆様、そして演奏して頂いたOBの皆様にこの場を借りて御礼申し上げます。ありがとうございました。

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7/24演奏会ステージリハーサルの前の状況。(団員撮影)
パイプオルガンの前に服部正の巨大な写真を飾っていただきました。

服部正と新交響楽団(現NHK交響楽団)

服部正が就職後40日で会社を辞め音楽の道に入りましたが、当初はアレンジ等の仕事が中心でありなかなか大舞台に立つまでには至りませんでした。
そのうち交友関係が広がりNHKのラジオでの仕事もぽつぽつ入り始めた頃に当時の「新交響楽団(現NHK交響楽団)」で指揮をするチャンスに巡り合え、その後演奏会でも指揮をすることに繋がっていきました。

最初の舞台での新交響楽団の演奏会は1934年(昭和9年)12月24日、日比谷公会堂で「プロムナードコンサート第4回」と銘打った演奏会でした。その時はL.モーツァルトの「おもちゃの交響曲」(現在では「アンゲラー」というオーストリアの作曲家が作ったとされている説が有力とか)、チャイコフスキーのくるみ割り人形組曲の他、自身が作った「音楽の花束」、堀内敬三氏の「行進曲『リズムに乗って』」が演奏されたとNHK交響楽団の記録には記されています。

その後のデータは以下の通りです。

1935年6月3日 日本青年館 太田綾子独唱日本歌曲新作演奏会(*)
1936年4月15日 日比谷公会堂 服部正作曲指揮管弦楽演奏会
1938年6月30日 日比谷公会堂 音楽と映画の会(*)
1945年10月4日 日比谷公会堂 厚生事業資金醵集のための日響演奏会

(*)服部正以外にも複数指揮者登場

この中で1936年の演奏会が服部正一世一代の作曲家リサイタルという演奏会でした。ここに「『西風にひらめく旗』を含む旗三部作」、「絵本街景色(管弦楽版)」が取り上げられています。

当時の新交響楽団は指揮者に近衛秀麿氏や山田耕筰氏を擁し、外国からローゼンストック氏等を招聘する、まさにエリート音楽集団でした。
NHK交響楽団のホームページに過去演奏会のデータが残っておりますので関心を持たれた方はご覧ください。

以下はその1936年の演奏会のデータです。

N響演奏会記録01

演奏会のご案内(リマインダー)

先日服部正の作品を中心とした演奏会のご案内をこちらでさせていただきました。

いよいよ来週が本番当日になります。
(7/24(日)14:00 東京オペラシティ タケミツメモリアルホール)

最後の練習に向け今日も終日取り組んで参りました。
服部正オリジナルの「繪本街景色」もそれなりの仕上がりに近づいて参りました。
手島由紀子さんの美しいソプラノによる「遠い熊野の」と「野の羊」もさわやかな出来栄えになって参りました。私が出演しない他の曲も順調な仕上がり状態と聞いております。
下の写真は過日の練習風景です。(自分の演奏位置からコソッと撮りました。)

繪本練習風景01

チケットもまだ入手可能です。
是非お誘いあわせの上ご来場ください。

 

 

株式会社キンカン殿「キンカンテーマソング」直筆譜面の寄贈

以前「『キンカン』のCMソングを覚えていらっしゃいますか?」という題でここのページに載せさせて頂きましたが、今回縁あって直接ご訪問する機会に恵まれました。

東京都内が猛暑のお昼に株式会社「キンカン」にお伺いしました。
実は以前世田谷区立駒留中学校をご訪問した際、そこでお会いした同窓会長の方がこのキンカン社の幹部の方をよくご存知なので仲立ちをして頂き、この面会が成立致しました。
というのも「キンカン」ご本社がこの駒留中学校のすぐそばにあったので人縁、地縁でつながった次第です。(同窓会長様、ありがとうございました。)

今回わざわざキンカン社会長がお時間を割いて頂きご対応頂きましたが、このテーマソングを作るにあたり服部正にも面談されたと言うお話も聞き、お会いして開口一番「似てらっしゃるね!」という会長のお話から一気に打ち解けた雰囲気になりました。
そもそも先代のお知り合いの藤浦洸先生との会話でCMソング誕生に至り、その藤浦先生が同じ慶応後輩の服部正に作曲を依頼した(というかほとんど「指示」ではなかったかという雰囲気)そうです。

キンカンの歌03 キンカンの歌04

譜面の他に作詞者の「藤浦洸」先生から服部正宛に歌詞の直筆の原稿とメモが書かれた文書も発見出来たので、それもお渡ししました。
非常に興味深いのは原稿用紙に「藤浦洸」と印刷されており、歌詞の最後に下記のコメントが書かれておりました。
「最後のリフレインは「昔のわらべうた」のをとりました。調子がいいし理屈なく面白いとおもふ」

昔はこんなやりとりをしていたんですね。

会長様、ご同席頂いた幹部の方々、大変ありがとうございました。

社歌11-14キンカンテーマソング05-1
社歌11-14キンカンテーマソング05-3

※ この「ミカンキンカンサケノカン」という部分は大分県の童歌で「カン」とつく言葉遊びの歌だそうです。原曲は以下の歌詞です。

「蜜柑 金柑 酒の燗、子供に羊羹  やら 泣かん
親が折檻  子は聞かん、田舎のねえちゃん  気が利かん
相撲とりゃ裸で 風邪ひかん」

なかなか洒落た歌詞ですね。
キンカンのCMソングの「嫁児持たせにゃ働かん」というのは藤浦洸先生のオリジナルのようですが、これも言い得て妙ですね。

板橋区立板橋第二中学校校歌譜面の寄贈

東武東上線の各駅停車で池袋からほどなく大山駅に到着しました。降りると有名な商店街が目の前に現れました。
これから行く中学校は残念ながらそのアーケードを通らないので小雨の中傘をさして歩き始めました。

10分もかからない所に板橋第二中学校はありました。
比較的最近改築したらしく、門も校舎も大変綺麗な学校でした。
残念ながら校長先生はご不在でしたが、副校長先生にご対応頂きました。
今回はちょっと意外で面白い贈呈物となりました。

まず通常の手書きの校歌の譜面です。

校歌20板橋第二中学校01-1ピアノ伴奏譜表紙

普通はピアノ伴奏と歌の譜面ですが、今回はそれだけでなく何とマンドリンアンサンブルによる伴奏譜も別に存在し、それも贈呈してまいりました。なぜオーケストラアンサンブルでなくマンドリンアンサンブルにしたのかは全く不明です。

校歌20板橋第二中学校02-2マンドリン伴奏譜

そして驚いた事に、この校歌が録音されたソノシートも遺品の中にありました。

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この校歌は昭和25年(1950年)に制定されたとの記録が学校のホームページに残されており、恐らくこのソノシートの作成もそれからあまり経っていない時のものと思われます。少なくとも5~60年以上前の録音ですが、演奏しているのがこの中学校の吹奏楽団とコーラス部の皆さんです。当時のこの学校の生徒の声が聴けるのは極めて珍しいのではと思います。

ただ、大変残念なのが、相変わらず保管状態の悪い服部正の遺品のためソノシートがよれよれになっており、小生のレコードプレーヤーでは針圧が軽すぎ針飛びばかりし、折角の肉声がほとんど聞けませんでした。一時期重石をのせて平坦にさせようと努力しましたが、結局それ以上の年月でいい加減な保管をしていた状態に勝てるわけが無く、そういういわくつきで贈呈し「何とか音源を復帰させてみてください。」と頭を下げてお願いしてまいりました。

ここで歌ってたり伴奏していた皆さんは恐らくもう60代後半から70代になった方でしょう。覚えていらっしゃる方、ぜひ学校に連絡してみてはいかがでしょうか?

演奏会のご案内(服部正の作品)

7月の末日に服部正が育ち育てた慶応義塾マンドリンクラブのOB、OGによる演奏会が行われます。
今回は「服部正」に焦点を当て、作曲、および編曲をした曲ばかりを演奏する予定です。
このホームページにて取り上げた「繪本街景色」、「野の羊」もご披露する事になりました。
特に「繪本街景色」はここしばらく取り上げられてなく、手島由紀子さんのソプラノ、「わをん」合唱団のご支援を受けての上演となります。
クラシックナンバーの編曲も用意されており、是非お誘い合わせの上ご来場下さい。

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7/24(日)14:00開演(開場13:30)
東京オペラシティコンサートホール「タケミツメモリアル」(京王新線初台駅)
全席自由席 (前売り券1,500円、当日券2,000円)
購入先:東京オペラシティチケットセンター(03-5353-0779)
又は慶応義塾マンドリンクラブ三田会事務局(03-5551-6341 西山)

尚、当HPに「問い合わせページ」を作りましたので、チケットについてこちらからお問い合わせ頂いても結構です。

全席自由なので複数名様でお越しの際はお早めにご来場いただいた方がよろしいかと存じます。

余談:不肖ながら小生も出演のはこびとなりました。

府中市立若松小学校校歌譜贈呈

府中市は最近たくさんのマンション等が立ち並び、都心に通う人びとが多数お住まいです。そうなると当然お子様もそれなりに多くいらっしゃり、学校も結構多く存在しているようです。

服部正は、手元の保存譜面を見る限りでは府中市の中で2つの小学校、1つの中学校の校歌を作曲しておりました。今回は若松小学校という学校を訪れました。

駅でいうと「東府中駅」であり、ここには「府中の森芸術劇場」という比較的新しく綺麗なホールがあり、私も一度地元のアマチュアオーケストラの演奏会に行った事がありました。
そのホールからそれほど遠くない所に若松小学校がありました。
伺った時残念ながら校長先生はご不在でしたが副校長先生にご対応頂きました。

ちょうど休み時間にお邪魔したので子供たちの明るい声や、生徒と話す先生の颯爽とした声を横で聞きながら校長室でお話しました。
最近国立音楽大学の学生さんたちが学校を訪れ、その時に校歌を歌って頂いた時の映像があったので見せていただきました。元気な声で歌う子供たち、そして訪れた学生さんも見事なハーモニーだけでなく、校歌を「暗譜(譜面を見ずに歌う)」で歌っていらっしゃったのが素晴らしく感動致しました。
副校長先生は「ここの校歌は1番しかないのが珍しいと思っています。」とおっしゃってました。確かに直前に伺った佐倉根郷小学校は5番まであったので、いろいろと学校によってちがうんだな、という事を感じました。

副校長先生、ありがとうございました。

校歌06若松小学校01