山田耕筰氏と服部正

今、NHKの連続テレビ小説で「古関裕而氏」の生涯をモチーフにした「エール」という番組をやられているのは皆さんご存知と思います。
古関裕而氏は服部正の1年後に生まれ、そういった意味では全く同時代を生きた作曲家でした。
あるテレビの音楽番組では審査員の一人として一緒に出たこともあったようです。

この番組で今非常に脚光を浴びているのが、惜しくもコロナウィルスで亡くなった「志村けん」氏演ずる「山田耕筰」像が評判になっている事です。
服部正も自著に「山田耕筰氏」との出会いが比較的明確に記載されておりました。
「エール」でも山田耕筰氏の人となりが個性的に描かれていますが、この服部正の自著でも個性的な一面を覗かせています。
今回はその部分をご紹介しましょう。
「広場で楽隊を鳴らそう」の本では第2部「音楽を職として」の中の「楽壇へ」の一部分です。

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それより少し前、わたくしは、かねてからの念願であった管弦楽曲の第一作を書きあげた。青木正(註 日本放送協会音楽係、深井史郎氏の紹介で縁故)に見せると、彼は非常な好意をもって、当時の楽壇の大御所、山田耕筰氏のところへ持っていってくれた。山田氏は、はじめて書いたその管弦楽曲を、放送局が一年に一度か二度行う「邦人作品の夕」(変な言葉だが、楽団ではこの「邦人」という称を最近まで作曲家についてだけ冠していた)という時間にとりあげ、日本放送交響楽団の演奏で彼自ら指揮してくれることになった。わたくしは、自分の作品が「音」になるという喜びで胸がつぶれそうだった。

練習の日には、自分の初めて書いた管弦楽曲をきくために、期待と不安の錯綜した感情で、荏原の練習所へでかけた。若い時の作品は必要以上にむずかしく書くものである。山田耕筰氏はそのような「管弦楽のための組曲」なる作品を、たいへん親切に練習してくれた。日本の交響楽の育ての親ともいうべき山田氏のオーケストラに対する熱情をよく知ることができたのは嬉しかった。わたくしは、山田氏の指揮する背中を、まったくゼロから始まった日本の交響楽運動への献身の姿として、なつかしく眺めた。そしてこの仕事を、わたくしも受継いでやりたいものだと思った。
翌日、放送が愛宕山のスタジオで行われた。

-- 中略 --

放送がすむと、非常にご機嫌のいい山田耕筰氏は、わたくしや青木氏をさそって、銀座のモナミへ出かけた。そのころのモナミは、ヨーロッパ風のレストランで一流だった。入口をはいるやいなや、さっそうと先頭に立つ山田氏の姿を認めて、ボーイたちが一斉に出迎えに立ち、きめられたもののように奥のスペシャル・ルームへと導いた。わたくしたちはそこでビールをご馳走になったのだが、山田氏はみずから立って、一人一人にビールを注ぐのである。彼は、白ビールと黒ビールを両手に持ち、一つのタンブラーへ同時にぶっつけて注ぎ込むという芸当を見せてくれた。タンブラーの中には、琥珀色の泡がさながら幻の如き感じでわき立ちかえる。一座は放送局の青木、桜井、菅原先生(註 菅原明朗氏 服部正の唯一の師)、その他の人々。山田耕筰の全盛期であり、わたくしは感受性ゆたかな二十五才である。山田耕筰という人物は作曲家であるばかりでなく、何か不思議な力をもっている人物だ-と、この情景を見て感じていたものであった。

25歳の服部正

そこへ年少のボーイが入ってきた。山田氏はボーイにむかって、
「きみ、手相をみてやろう」
と言う。彼は、少しはずかしそうに片手を出す。
「ぼくは手のひらでなく、こうの方を見るんだ。・・・」
とばかり手をひっくりかえしてしまう。
「ほう、きみは少し気が短いね」
などという。ボーイは赤くなっている。そのうちに、わたくしたちもビールの歓をひいて陶然となっていった。いつの間にか、すみの方では、山田耕筰が少量の白飯にカレーをかけ、うまそうに食べている。

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この最後の「カレー」の部分は先日の「エール」で志村氏が喫茶店でバニラアイスクリームを食しているシーンを彷彿させるようにも思え、さすがNHKの時代考証はしっかりされているな、と感じてしまいました。

志村けん氏のご逝去を心よりお悔やみ申し上げます。

館長
1955年 服部正の長男として東京で生まれた。                     1978年 慶応義塾大学卒業(高校よりマンドリンクラブにてフルート担当)        同年    某大手電機メーカーに入社(営業業務担当)                  2015年 某大手電機メーカーグループ会社を定年退職                  現在 当館館長として「服部正」普及活動従事       

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