追悼 小林亜星先生

本日ニュースで小林亜星先生がお亡くなりになった事を知りました。
まず心より哀悼の意を表し、ご家族、御親族様へのお悔やみのお言葉を申し上げたいと存じます。

服部正が亡くなった2008年、9月に「お別れの会」の際にご来臨頂き、お言葉を頂戴致しました。そして、その後も数多くのテレビでのインタビューの時に「自分が作曲家になってここまで来たのも服部正先生のおかげ」といつも仰っていただいた事がとても有難く、心より謝意を表しておりました。
特に2016年にBS朝日放送での「黒柳徹子のコドモノクニ」では服部正の案内役として登場頂き、過分なお言葉を番組内で頂戴致しました。
一度お手紙で「一回食事でもしましょうか?」とのお誘いを頂いた時に、たまたま母(服部正の妻)がかなり危篤状態だったので、ご丁重にお断りさせて頂いたのですが、今から思うとせっかくの機会に大変失礼な事をしてしまったと後悔しております。

服部正と弟子の先生方。左端が小林先生

服部正はそもそも「弟子」という者を育てるという意識があまり無く、ただひたすら作曲、編曲、指揮にいそしんでおりましたが、ここにいる皆様(小林先生、若松先生、江口先生他)だけには一緒に仕事をしながらちょっとしたコツやテクニックを伝授していたようです。
小林先生は時々あの大きな体をゆすって当家を訪ねて頂き、応接間兼仕事場が2階にあったので、母が「大丈夫かね?階段が抜けて怪我させちゃ申し訳ないけど、、、」と不安がっていた事も思い出として残っています。

自宅の応接間兼仕事場で小林先生と

ある意味服部正以上に一般聴衆への音楽普及度に大きく貢献された小林先生ですが、いつも服部正の事を慕っていただいた事に改めて御礼を申し上げ、安らかにお眠り頂いて天国でまた服部正と再会して頂く事を願っております。

小林先生、お疲れさまでした。そして、本当にありがとうございました。

服部正長男 服部 賢

館長
1955年 服部正の長男として東京で生まれた。                     1978年 慶応義塾大学卒業(高校よりマンドリンクラブにてフルート担当)        同年    某大手電機メーカーに入社(営業業務担当)                  2015年 某大手電機メーカーグループ会社を定年退職                  現在 当館館長として「服部正」普及活動従事       

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